2007年7月27日 (金)

帰国の途へ

昔馴染みの板さんがまだ健在であったウェストLAの寿司屋、、いやカリフォルニア式にスシバーは実は自分が以前住んでいたアパートからかなり近いことに今回初めて気づいた。なにせアパートから大通りに出たそのまん前にあるので、住んでいた頃にあったらさぞかし通っていたことだろう。板さんから聞いた話によるとその昔住んでいたアパート当たりもとても高くなっていて、軽く当時の倍くらいの家賃を取るらしい。円安でもあり、到底今すむことは出来そうもない。家賃だけでなく、ガソリンが高くなっているのにも呆れた。なにせ住んでいた当時はガロン1ドルちょっとだったので感覚的に日本の3分の1くらいだったのが、今じゃガロン3ドル以上なので日本と変わらない。というか場所によっては4ドル以上するところもあるらしいので、下手をすると日本より高いかもしれない。家賃やガソリンだけでなく、いろんなものが高くなって決して物価が安くて暮らしやすい国ではなくなってしまった。「給料はそんなに上がってないのにねえ」という板さんの言葉が全てのような気がする。ちなみにすし代は前と同じであったが。

まだ時間が早かったので、昔住んでいたアパートの前を通ってすぐ近くの日本人街に歩いていく。相変わらず静かで良さそうな環境ではあったが、昔と明らかに違うのは前はそこらじゅうにあったVascancyの看板をひとつも見かけなかったこと。家賃の相場もわからなかったし、それよりも何よりも部屋が空いていない。なんか変わってしまったなあ、と実感する。

変わったといえば住んでいた頃には毎日のように通っていた日本人街、ソーテルもすっかかり様変わりしていた。なんかやたらにきれいな店が増えて、昔ながらの古びた店、というのが姿を消している。日本に比べてアメリカは変化が遅い国だ、という思い込みはどうやら過去のものになってしまったらしい。それでも昔と変わらず開いていたバーで一杯だけ飲んで空港に向かう。まだ飛行機の時間には大分早かったのだが、あのテロ事件以降、アメリカの空港の混雑振りはハンパではないので、早めに行くにこしたことはない。そして実はこれが大正解で、空港に着いたときにはまだ大して人もいなくてすいすいとチェックインできたのが、その後ロビーのバーから眺めていたらチェックインカウンターの前は人、人、人でごった返して身動きもできないほど。実は後で知ったことなのだが、深夜の12時1時という時間帯にアジア方面への直行便が何便も飛んでいて、そのいずれもがジャンボクラスの飛行機一杯の客を運んでいる、という状況だったのだ。

他にすることもないのでバーのカウンターで飲んでいるとロビーのバーは10時45分で閉店だという。仕方なく待合室のほうに移動するとこれがまあハンパではない数の人間で溢れかえっている。ありがたいことに小さなバーがあったのでまた飲みに入ったら今度は12時閉店だという。おいおい、空港はまだまだ活動しているのに・・・ とぼやいても始まらない。隣に座っていたアメリカ人となんとなく話をしていたらその隣のアメリカ人女性も話しに加わってきた。これがアメリカの良い所。どうせお互い飛行機を待つ身でなにもすることがないから話は弾む。最初の彼は台湾、後から参加した女性は香港経由でタイまで行くという。それにしてもロスには4年も住んでいたし、それ以外にも何度も来たことがあるが深夜の空港がこんなに賑やかだとは知らなかった。それもアジア便がこんなに飛んでいるとは。ちなみに日本行きは一便もなく、当然のことながら日本人らしき、人影もない。

エピローグに続く

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2007年7月20日 (金)

サンタモニカ

翌朝はもう帰国の日てある。さすがに2泊3日だとあっと言う間である。しかし帰りの飛行機が何と夜中の1時半というとんでもない時間なので、まだ丸々一日残っている。ホテルに何時までいられるか確認すると午後二時までは追加料金ナシでいられるが、それを過ぎると一泊分払え、という。ものの数時間のために一泊分の料金を払いたくはなかったので、2時前にはチェックアウトすることにする。ところが身体が勝手に時差を調整していて、もうそろそろ朝からは寝られなくなってしまった。結局11時過ぎには起きだしてそのまま荷物をまとめてチェックアウト。バスに乗ってサンタモニカに向かう。

1989年に仕事で初めて訪れて以来、ずうっと大好きな町だが、なにしろガキだらけ。ちょうど昼飯時のフードコートなどまるで幼稚園か託児所かという状態。昔の静かな小さな町というなどという面影はどこにもない。そうそうに逃げ出して、知り合いに頼まれたワインを求めてモンタナ通りに向かう。サンタモニカの中心からちょっと外れたこの街並みはハリウッド当たりのセレブがお買い物をしてたりする、ちょっとお洒落で高級な町で、観光客もほとんどいない静かな町である。以前この町でみつけたワインショップで今回唯一のまともな買い物、カリフォルニアワインを探すことにする。ところが行けども行けども目指すワインショップが見つからない。いい加減歩き疲れた挙句最後は諦めて反対側に歩き出した途端ワインショップに行き当たる。人生なんてこんなものだ。

最近は機内持ち込みがかなり厳しく、酒などは機内に持ち込めないので、その旨事情を話してちゃんとした箱に入れてもらう。それはいいのだが、ただそのまま箱をいれたワインを渡されて困ってしまう。そう、車の町ロスアンジェルスでは箱を手でブラ下げて持って歩く、などという習慣はないのだ。仕方がないのでバスに乗ってサンタモニカの街に戻り、箱が入るような紙袋を買う。時間を見るとまだ4時そこそこ。寿司屋が開くのは5時過ぎとまだ早いので最後に海を見て帰ろうと海岸沿いまで行く。その昔、アメリカに引っ越してきた時によくこの海を見に来たことを思い出す。太平洋を日本の反対側から見るのもなかなかいいものだ。もちろん夕陽は太平洋の向こう側に沈んでいくのがカリフォルニア。

一気に帰国まで行こうと思ったが、長くなってきたのでもう一回。

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2007年7月17日 (火)

中国の銀行ネットワーク

まだアメリカ旅行記の途中だが、ログを見ていると中国の銀行口座や送金についての生地にずっとアクセスが多いので、最新の関連記事を。

まず去年の暮れに上海で現地の招商銀行に新たに口座を開いた。その当たりの顛末は中国語のブログに詳しく書いてあるのでそちらを読んでいただくとして、この銀行を含む中国の大手銀行ネットワークが加盟しているのがUnionPayというネットワーク。日本で言うATMのネットワークとデビットカードが一緒になっているネットワークだが、このネットワークがつい最近日本のセブンイレブンに乗り入れてきた。

これまでもシティバンクや大手都市銀行の一部、それにデューティーフリーショツプなど限られた場所では使うことが出来たが、セフンイレブンのATMで使える、ということは日本全国どこでも使えるようになった、ということだろう。先日アメリカに行ったときにはシティバンクでは使えたもののまだ他の銀行やセブンイレブンでは使えなかったが、恐らく時間の問題であろう。

日本が島国根性で国内だけのATM網やJデビットなどにうつつを抜かしている間に遥かに遅れてスタートしたお隣中国の銀行ネットワークが世界規模で広がろうとしている。ちなみにこのUnionPayのカードは驚くなかれ、窓口で口座開設をするとその場で発行され、いきなり使うことが出来る。日本やアメリカのように後から送ってくる、なんてノンビリした手続きなどなく、即時発行、デビット使用を含めて即時使用可能なのだ。こういうのを本当の「サービス」というのではなかろうか。

中国もアメリカも外人に対してパスポート一つ(アメリカの場合はもう一つ証明書が必要だったが)でその場で30分ほどで口座開設をしてくれる。なんだかんだ内部的な手続きを客に押し付けて余分な時間ばかりかけて客を待たせることをなんとも思わない日本の銀行さんよ、中国の銀行窓口を少しは見習ってはいかが。

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2007年7月11日 (水)

Miller Lite

タイトルは違うが、中身は旅行記の続きである。

残念ながら知り合いの板さんがいた寿司屋のランチタイムには間に合わなかったが、お店の人に彼がまだ働いていること、そしてその日は休みだが翌日には来ていることを確認できたので、明日帰国前にゆっくり来ようと決めて、近くのカフェに入る。いわゆるフィフティーズの格好をしたお姉さんたちがウェイトレスをやっている店で、店内も昔のカフェそのまま、というお店でアメリカに来たら必ず食べるターキーサンドイッチを注文する。とにかく暑いのでビールを頼んだら何にするか聞かれたので、Miller Liteにする。そしてターキーサンドイッチを頼むとパンは何にするときかれてああアメリカだ、となんだか懐かしくなる。

自由の国アメリカではなんでもかんでも自分で選ばなければいけない。日本のように「ビール」と言うだけでその店にある適当なビールが出てくることなんか絶対にない。そしてこのMiller Liteは恐らく日本人が最も苦手とする発音の一つではないだろうか。昔の知り合いで、一ヶ月もアメリカを旅してとうとう一度もMillerを飲めなかった、という剛の者?もいたし、とにかく日本人には難しい発音である。ウソだと思ったらアメリカのバーやレストランで頼んでみるといい。まず10回のうち9回以上は聞き返されるハズ。アメリカ人にとって日本人のMiller LiteはMirror rightに聞こえてしまうんだから仕方がない。これとバニラアイスクリーム、ハンバーガー当たりを聞き返されずに頼めるようになると英語の発音も初心者の域は卒業だろう。

近年日本のサンドイッチも随分進歩してバラエティも豊富になってきたが、まだまだアメリカにはかなわない。なかでもこのライパンで作ったターキーサンドイッチは昔からのお気に入りで、日本では滅多に食べることが出来ないのでアメリカに行ったらどこかで必ず一度は頼むことにしている。なにせアメリカのサンドイッチは量が多くて、ちょっとしたランチには十分すぎるボリュームである。これに小さなカップスープとビールを二本という大満足のランチを終えて再びバスでホテルに戻る。

バスで移動すると困るのはやたらに時間がかかることで、この日も結局ホテルまで戻ってきたのは既に夕方であった。それから例によって昼寝をして、シャワーを浴びたりしていたら早くも夜である。一年のうちで一番昼が長いこの時期はサマータイムのせいもあってなんと8時過ぎまで明るい。夕飯は昼間店の前を通って気になっていた近くのタイ料理屋に行く。またまたMiller Liteとタイ式グリーンカレー、デザートにココナッツアイスクレームという夕食を済ませてホテルに戻る。もう翌日には帰国するので、どこか遊びにでも行こうかとも思ったが、結局元気なくそのまま就寝。

続く

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2007年7月10日 (火)

一年ぶりのアメリカ その2

シャンパンブランチですっかり勤続して、あとはただひたすら寝る。なんとなく飛行機の中では寝られなかったせいもありとにかく寝る。もう少し長期の滞在ならば時差ぼけの調整のために多少無理しても起きていたりするのだが、今回はたったの二泊なのでそんなことは全く考えずにただひたすら寝た。夕方になってシャワーを浴びてからそこらへんを散歩するとホテルのすぐ裏にセブンイレブンとシズラーがあった。シズラーはハワイでよく行っていたサラダバーが有名なファミレスで、夕飯はここにしようかとも思ったのだが、あまりにガキだらけなのでやめ。ホテルに戻ってもロビーやレストランをバカガキどもが走り回っていてうるさいことこの上ない。一体いつかからアメリカはこんなにガキの躾がなっていない国に成り下がってしまったのか。日本や韓国じゃあるまいし、ホテルのロビーやレストランを放し飼いにされたバカガキが走り回ってるなんてことは考えられない国だったのに。

翌朝今回の目的である銀行を探して街に出る。あまりこじんまりとした町がないロスにしては珍しく、それなりにまとまった小さな町がすぐそこにあり、銀行もいくつか並んでいた。その中で見覚えのあるWells Fargoに入ってみる。口座開設の顛末については別のブログに書くつもりだが、アメリカに40年以上も住んでいる、という日本人のおばあさんに出会ったのが印象的だった。ちなみに口座開設の受付をやってくれたのはタンザニアから来た、というお姉さんだったし、田舎の小さな街にしてはなかなか国際的であった。

予定通り口座開設を済ませるとそれで今回の訪問目的は達成。あとはいくつか頼まれていたものやたしょうのおみやげを買うだけ、ということでぶらぶらとそこらへんを歩く。アメリカ独特の看板だけドーンとでかくてなんの店だかサッパリわからない大きな建物に入ってみたらディスカウントの洋品店だったので、自分用のTシャツを何枚か買い込む。昔からなぜかTシャツは海外で買う、と決めていて、ここ何年も国内で飼ったことがない。なのでしばらく海外に行かなかったり、行ってもTシャツが買えないと段々着るものが少なくなっていく。

昼飯に知り合いの寿司屋にでも行こうかとバスに乗ってサンタモニカに向かう。そうそう。今回はレンタカーもなし、タクシーも最後に空港に行くときだけであとは全て歩きとバスでの移動であった。昔住んでいた強みでロスでこういう移動を出来る人はあまりいないだろう。ところがなにしろガソリン代が昔の三倍以上に値上がりしていて、車のコストがベラボーに高くなっているのでバスがめちゃくちゃに込んでいる。しかもここでもクソガキたちの群れが・・・

(この項続く)

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2007年7月 9日 (月)

一年ぶりのアメリカ

去年に続いて今年もまた超短期でアメリカはロスアンジェルスに行ってきた。なんと今回は現地泊が僅か二泊、というこれまでのアメリカ行きの最短記録であった。例によって安いチケットをあさっていたら大韓航空のソウル・インチョン経由というのが一番安かったのだが、それでも原油高と円安のダブルパンチで88000円ほどとちょっと前の倍近い値段であった。今回の目的は現地で銀行口座を開くことだけだったので、別にホテルはどこでもよく、場合によっては予約ナシで空港近くのモーテルにでも泊まろうかとも考えたが、ロスの空港はだだっ広くて不便なので結局インターネットで探して一泊89ドルの安ホテルを二泊予約して行った。

福岡からインチョンまではものの一時間、そこからロスアンジェルスまでが行きが10時間、帰りが12時間の長旅である。それでも去年の中華航空で台北から往復24時間に比べれば2時間も短いのだが、長旅であることに変わりはない。行きはなんだかんだでほとんど一睡も出来ないまま真ッ昼間のロスに到着。思っていたよりも大分涼しい。ホテルにチェックインしたのはまだ昼前だったが、飛行機の中で何も食べてなかったのでかなり空腹で、そのままレストランに直行。久々のサンデーブランチにありつく。中国人経営のレストランでのサンデーブランチはなかなかの豪華版で、大きなカニの脚やらエビ、イカなどのシーフード、ハムやサラダ、更にはシュウマイや焼ソバ、チャーハンなんてものまで食べ放題、シャペン飲み放題で税込み19.95ドル。なぜか20%割引でチップまで込みで20ドルジャストの大満足。

(この項続く)

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2006年10月10日 (火)

condemns this provocative act

2006年10月9日、北朝鮮が行ったと宣言した地下核実験に対する、アメリカ・ブッシュ大統領の緊急声明の中からCNNが引用したワンフレーズである。condemnは非難する、provocative actは挑戦的、挑発的な行為、という意味なので日本語にすると「こうした挑発的な行為を強く非難する」という訳になるのだろうか。とここまでで納得してしまっては一番肝心なブッシュ大統領生命のニュアンス、というものがわからない。ワザワザCNNがこのフレーズをそのまま引用し、更にこれらの単語にはかなり強い意志と不快感がこめられていることを感じられるようにならないとただ上っ面だけの「英語屋」にしかなれない。

マスコミ批評のブログのほうに詳しく書くつもりだが、正直今回の北朝鮮の核実験は日本にとって人事では済まされない、重大な事件だと認識している。特に911以降のアメリカの態度を見ていると不安が募る。そんな不安を余計に煽ってくれるのが件の大統領声明なのである。単に言葉の置換えではなく、様々な要因を考慮した上で英語を読みとらないと何の意味もないのではなかろうか。

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2006年9月28日 (木)

数いろいろ

実はこの書き込みが本ブログのちょうど100本目の書き込みになる。一番最初の書き込みが去年の10月22日だから約1年間で100本の書き込みをしたことになる。途中何回もお休みがあったし、中には本題とは直接関係ない書き込みもいくつかあったが、なにはともあれ1年間続けて、100本の書き込みをしたことはとても飽きっぽい性格の自分としてはよくやった方だと思う。

そんな100本目を記念して今回は英語での数字の言い方をいくつかお話しよう。普通にワン、ツー、スリーと数える方法はみんな当たり前のように知っているが、ちょっと違った数字の言い方となると案外知らないものだ。例えばこの「100本目の書き込み」は100th posting」と言うが、じゃあ101本目は、となるとこれが101thではなく、101st - One hundred and first」となり、同様に102番目、103番目は102nd, 103rdとなる。ちなみに何回という言い方は1回がonce、2回がtwiceという以外は** timesなのでわかりやすい。

続いては分数と小数。小数のほうは特に難しいこともなく、例えば2.25であればtwo point two fiveと小数以下はただ数字を並べていけばいいだけだが、分数のほうは少々面倒くさい。今の2.25を分数で表すと2か1/4なのだが、英語ではtwo and a quarterが最も一般的。two and one fourthと言っても間違いではないが違和感がある。同様に2か1/2はtwo and a half、2か3/4はtwo and three quarters、だのに2か1/3はtwo and one third、2か2/3がtwo and two thirdsになる。

海外に行って意外に困るのが住所の言い方。特に日本の住所は非常にわかりにくく出来ているのでなるべくなら口で言うのは避けたいところだが、電話ではそうも行かない。また逆に相手の住所を聞き取る必要に迫られることもある。まずわかりやすいアメリカの住所だが、番地の場合、例えば1815番地ならone eight one fiveというようにただ単に数字を並べて読むのが最も確実。ただ人によってはコレをeighteen fifteenということもあるので聞き取るときには要注意。理想的には向こうがeighteen fifteenと言ってきたらこちらからone eight one fiveと復唱すると間違いが減る。アメリカの場合zip code、すなわち郵便番号が完全に普及しているので、まずはこれを読み上げてから住所を言うのが普通。また日本と違ってアパートの部屋番号などは番地の後に来る。考えてみたらこの方が合理的だと思うがいかが。なお、日本の住所でよく使われるハイフンはdashと読むので、2-2-14という場合には two dash two dash fourteenとなる。

余談だが、海外のショップなどを相手に日本の住所や日本人の名前を英語で読み上げているとかなり疲れる。私の場合、名前はまだ簡単で説明しやすいから助かっているが、住所のほうはいつも苦労する。特にアパートの名前や難しい町名を正確に伝えるのは本当に難しい。いくらしつこいと思われようが何回も確認しないとなかなか正確に伝わらないし、実際問題それでも間違って伝わっていることも珍しくないので困ったものだ。

ちなみに電話で住所などを伝えるときに役に立つであろう、英語の文字の言い方をG as in Georgeという以前の記事に書いてある。よかったら参考にして欲しい。

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2006年9月27日 (水)

feel free

今までこのブログではいわゆる「英語らしい表現」をいくつか紹介してきたが、本日のフレーズもその一つ。日本語で言うなら「お気軽に」とか「ご遠慮なく」という感じで非常に良く使われる。例えばIf you have any question, feel free to contact usというようなフレーズはあちこちで見かける。似たような表現ではDon't hesitate to ... というのもあるが、私的にはfeel freeの方が何か好きである。

日本人が英語をしゃべる場合、どうも単純に一つの単語を繰り返し使う傾向が強くて、例えば「何々してください」という時にはPleaseばかり使う人が多いようだ。たまにはこのfeel freeとかを使ってみるとグッと表現が英語らしくなるので、是非お試しを。

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2006年8月 6日 (日)

引越し

また引っ越した。これでここ十数年でもう二桁になろうかというくらい引っ越している。その前は30年以上も同じところに住んでいたというのに。そもそも1992年にアメリカはロスアンジェルスに行ったのが自分の意思で行った初めての引越し。それからほぼ二年に一回以上のペースで引越しを繰り返している。

引っ越す、は普通の英語ではMoveというが、relocateもよく使われる。引越し屋さんはMover。日本のようにやれ単身パックだの、家族パッケージだのというものはなく、ドーンとでかいトラックで運んでいくのがアメリカ式。敷金だ、礼金だなどという面倒くさいものはなく、基本的に保証金-Deposit一ケ月分だけでアパートの契約できるのでアメリカでは割と気軽に引越しをする。物件を紹介したり、仲介したりする不動産会社というものも存在するが、その手数料は大家負担が原則。そもそもニューヨークなど一部の大都市を除いてアパート探しは大家との直交渉が普通。物件の庭先にVacacyとかRoom Availableのような看板が出ているのでそこに書いてある電話番号に電話して条件を聞いたりアポイントを取ったりする。

一方ここ福岡ではいまだに敷金3-4か月分が普通であるばかりか、敷引きといってアパートを出るときに返さない、という泥棒みたいな制度まである。アメリカ人が福岡でアパートを探したらさぞかし驚くことだろう。

引っ越してから後も色々とごたごたがあったが、ようやくここに来て少しは落ち着いてきた。鹿児島より明らかに何度か温度は低いし、備品としてエアコンもあるのでまあまあ快適である。さて一体いつまでここに住むことになるのやら。

p.s. 偶然北京の知り合いが同じ時期に引っ越していた。北京の引越し事情というのもまた珍しい体験だと思われるので、興味のある方は中国語のブログの方をご覧いただきたい。

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