2007年7月27日 (金)

帰国の途へ

昔馴染みの板さんがまだ健在であったウェストLAの寿司屋、、いやカリフォルニア式にスシバーは実は自分が以前住んでいたアパートからかなり近いことに今回初めて気づいた。なにせアパートから大通りに出たそのまん前にあるので、住んでいた頃にあったらさぞかし通っていたことだろう。板さんから聞いた話によるとその昔住んでいたアパート当たりもとても高くなっていて、軽く当時の倍くらいの家賃を取るらしい。円安でもあり、到底今すむことは出来そうもない。家賃だけでなく、ガソリンが高くなっているのにも呆れた。なにせ住んでいた当時はガロン1ドルちょっとだったので感覚的に日本の3分の1くらいだったのが、今じゃガロン3ドル以上なので日本と変わらない。というか場所によっては4ドル以上するところもあるらしいので、下手をすると日本より高いかもしれない。家賃やガソリンだけでなく、いろんなものが高くなって決して物価が安くて暮らしやすい国ではなくなってしまった。「給料はそんなに上がってないのにねえ」という板さんの言葉が全てのような気がする。ちなみにすし代は前と同じであったが。

まだ時間が早かったので、昔住んでいたアパートの前を通ってすぐ近くの日本人街に歩いていく。相変わらず静かで良さそうな環境ではあったが、昔と明らかに違うのは前はそこらじゅうにあったVascancyの看板をひとつも見かけなかったこと。家賃の相場もわからなかったし、それよりも何よりも部屋が空いていない。なんか変わってしまったなあ、と実感する。

変わったといえば住んでいた頃には毎日のように通っていた日本人街、ソーテルもすっかかり様変わりしていた。なんかやたらにきれいな店が増えて、昔ながらの古びた店、というのが姿を消している。日本に比べてアメリカは変化が遅い国だ、という思い込みはどうやら過去のものになってしまったらしい。それでも昔と変わらず開いていたバーで一杯だけ飲んで空港に向かう。まだ飛行機の時間には大分早かったのだが、あのテロ事件以降、アメリカの空港の混雑振りはハンパではないので、早めに行くにこしたことはない。そして実はこれが大正解で、空港に着いたときにはまだ大して人もいなくてすいすいとチェックインできたのが、その後ロビーのバーから眺めていたらチェックインカウンターの前は人、人、人でごった返して身動きもできないほど。実は後で知ったことなのだが、深夜の12時1時という時間帯にアジア方面への直行便が何便も飛んでいて、そのいずれもがジャンボクラスの飛行機一杯の客を運んでいる、という状況だったのだ。

他にすることもないのでバーのカウンターで飲んでいるとロビーのバーは10時45分で閉店だという。仕方なく待合室のほうに移動するとこれがまあハンパではない数の人間で溢れかえっている。ありがたいことに小さなバーがあったのでまた飲みに入ったら今度は12時閉店だという。おいおい、空港はまだまだ活動しているのに・・・ とぼやいても始まらない。隣に座っていたアメリカ人となんとなく話をしていたらその隣のアメリカ人女性も話しに加わってきた。これがアメリカの良い所。どうせお互い飛行機を待つ身でなにもすることがないから話は弾む。最初の彼は台湾、後から参加した女性は香港経由でタイまで行くという。それにしてもロスには4年も住んでいたし、それ以外にも何度も来たことがあるが深夜の空港がこんなに賑やかだとは知らなかった。それもアジア便がこんなに飛んでいるとは。ちなみに日本行きは一便もなく、当然のことながら日本人らしき、人影もない。

エピローグに続く

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2007年7月20日 (金)

サンタモニカ

翌朝はもう帰国の日てある。さすがに2泊3日だとあっと言う間である。しかし帰りの飛行機が何と夜中の1時半というとんでもない時間なので、まだ丸々一日残っている。ホテルに何時までいられるか確認すると午後二時までは追加料金ナシでいられるが、それを過ぎると一泊分払え、という。ものの数時間のために一泊分の料金を払いたくはなかったので、2時前にはチェックアウトすることにする。ところが身体が勝手に時差を調整していて、もうそろそろ朝からは寝られなくなってしまった。結局11時過ぎには起きだしてそのまま荷物をまとめてチェックアウト。バスに乗ってサンタモニカに向かう。

1989年に仕事で初めて訪れて以来、ずうっと大好きな町だが、なにしろガキだらけ。ちょうど昼飯時のフードコートなどまるで幼稚園か託児所かという状態。昔の静かな小さな町というなどという面影はどこにもない。そうそうに逃げ出して、知り合いに頼まれたワインを求めてモンタナ通りに向かう。サンタモニカの中心からちょっと外れたこの街並みはハリウッド当たりのセレブがお買い物をしてたりする、ちょっとお洒落で高級な町で、観光客もほとんどいない静かな町である。以前この町でみつけたワインショップで今回唯一のまともな買い物、カリフォルニアワインを探すことにする。ところが行けども行けども目指すワインショップが見つからない。いい加減歩き疲れた挙句最後は諦めて反対側に歩き出した途端ワインショップに行き当たる。人生なんてこんなものだ。

最近は機内持ち込みがかなり厳しく、酒などは機内に持ち込めないので、その旨事情を話してちゃんとした箱に入れてもらう。それはいいのだが、ただそのまま箱をいれたワインを渡されて困ってしまう。そう、車の町ロスアンジェルスでは箱を手でブラ下げて持って歩く、などという習慣はないのだ。仕方がないのでバスに乗ってサンタモニカの街に戻り、箱が入るような紙袋を買う。時間を見るとまだ4時そこそこ。寿司屋が開くのは5時過ぎとまだ早いので最後に海を見て帰ろうと海岸沿いまで行く。その昔、アメリカに引っ越してきた時によくこの海を見に来たことを思い出す。太平洋を日本の反対側から見るのもなかなかいいものだ。もちろん夕陽は太平洋の向こう側に沈んでいくのがカリフォルニア。

一気に帰国まで行こうと思ったが、長くなってきたのでもう一回。

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2007年7月11日 (水)

Miller Lite

タイトルは違うが、中身は旅行記の続きである。

残念ながら知り合いの板さんがいた寿司屋のランチタイムには間に合わなかったが、お店の人に彼がまだ働いていること、そしてその日は休みだが翌日には来ていることを確認できたので、明日帰国前にゆっくり来ようと決めて、近くのカフェに入る。いわゆるフィフティーズの格好をしたお姉さんたちがウェイトレスをやっている店で、店内も昔のカフェそのまま、というお店でアメリカに来たら必ず食べるターキーサンドイッチを注文する。とにかく暑いのでビールを頼んだら何にするか聞かれたので、Miller Liteにする。そしてターキーサンドイッチを頼むとパンは何にするときかれてああアメリカだ、となんだか懐かしくなる。

自由の国アメリカではなんでもかんでも自分で選ばなければいけない。日本のように「ビール」と言うだけでその店にある適当なビールが出てくることなんか絶対にない。そしてこのMiller Liteは恐らく日本人が最も苦手とする発音の一つではないだろうか。昔の知り合いで、一ヶ月もアメリカを旅してとうとう一度もMillerを飲めなかった、という剛の者?もいたし、とにかく日本人には難しい発音である。ウソだと思ったらアメリカのバーやレストランで頼んでみるといい。まず10回のうち9回以上は聞き返されるハズ。アメリカ人にとって日本人のMiller LiteはMirror rightに聞こえてしまうんだから仕方がない。これとバニラアイスクリーム、ハンバーガー当たりを聞き返されずに頼めるようになると英語の発音も初心者の域は卒業だろう。

近年日本のサンドイッチも随分進歩してバラエティも豊富になってきたが、まだまだアメリカにはかなわない。なかでもこのライパンで作ったターキーサンドイッチは昔からのお気に入りで、日本では滅多に食べることが出来ないのでアメリカに行ったらどこかで必ず一度は頼むことにしている。なにせアメリカのサンドイッチは量が多くて、ちょっとしたランチには十分すぎるボリュームである。これに小さなカップスープとビールを二本という大満足のランチを終えて再びバスでホテルに戻る。

バスで移動すると困るのはやたらに時間がかかることで、この日も結局ホテルまで戻ってきたのは既に夕方であった。それから例によって昼寝をして、シャワーを浴びたりしていたら早くも夜である。一年のうちで一番昼が長いこの時期はサマータイムのせいもあってなんと8時過ぎまで明るい。夕飯は昼間店の前を通って気になっていた近くのタイ料理屋に行く。またまたMiller Liteとタイ式グリーンカレー、デザートにココナッツアイスクレームという夕食を済ませてホテルに戻る。もう翌日には帰国するので、どこか遊びにでも行こうかとも思ったが、結局元気なくそのまま就寝。

続く

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2007年7月10日 (火)

一年ぶりのアメリカ その2

シャンパンブランチですっかり勤続して、あとはただひたすら寝る。なんとなく飛行機の中では寝られなかったせいもありとにかく寝る。もう少し長期の滞在ならば時差ぼけの調整のために多少無理しても起きていたりするのだが、今回はたったの二泊なのでそんなことは全く考えずにただひたすら寝た。夕方になってシャワーを浴びてからそこらへんを散歩するとホテルのすぐ裏にセブンイレブンとシズラーがあった。シズラーはハワイでよく行っていたサラダバーが有名なファミレスで、夕飯はここにしようかとも思ったのだが、あまりにガキだらけなのでやめ。ホテルに戻ってもロビーやレストランをバカガキどもが走り回っていてうるさいことこの上ない。一体いつかからアメリカはこんなにガキの躾がなっていない国に成り下がってしまったのか。日本や韓国じゃあるまいし、ホテルのロビーやレストランを放し飼いにされたバカガキが走り回ってるなんてことは考えられない国だったのに。

翌朝今回の目的である銀行を探して街に出る。あまりこじんまりとした町がないロスにしては珍しく、それなりにまとまった小さな町がすぐそこにあり、銀行もいくつか並んでいた。その中で見覚えのあるWells Fargoに入ってみる。口座開設の顛末については別のブログに書くつもりだが、アメリカに40年以上も住んでいる、という日本人のおばあさんに出会ったのが印象的だった。ちなみに口座開設の受付をやってくれたのはタンザニアから来た、というお姉さんだったし、田舎の小さな街にしてはなかなか国際的であった。

予定通り口座開設を済ませるとそれで今回の訪問目的は達成。あとはいくつか頼まれていたものやたしょうのおみやげを買うだけ、ということでぶらぶらとそこらへんを歩く。アメリカ独特の看板だけドーンとでかくてなんの店だかサッパリわからない大きな建物に入ってみたらディスカウントの洋品店だったので、自分用のTシャツを何枚か買い込む。昔からなぜかTシャツは海外で買う、と決めていて、ここ何年も国内で飼ったことがない。なのでしばらく海外に行かなかったり、行ってもTシャツが買えないと段々着るものが少なくなっていく。

昼飯に知り合いの寿司屋にでも行こうかとバスに乗ってサンタモニカに向かう。そうそう。今回はレンタカーもなし、タクシーも最後に空港に行くときだけであとは全て歩きとバスでの移動であった。昔住んでいた強みでロスでこういう移動を出来る人はあまりいないだろう。ところがなにしろガソリン代が昔の三倍以上に値上がりしていて、車のコストがベラボーに高くなっているのでバスがめちゃくちゃに込んでいる。しかもここでもクソガキたちの群れが・・・

(この項続く)

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2007年7月 9日 (月)

一年ぶりのアメリカ

去年に続いて今年もまた超短期でアメリカはロスアンジェルスに行ってきた。なんと今回は現地泊が僅か二泊、というこれまでのアメリカ行きの最短記録であった。例によって安いチケットをあさっていたら大韓航空のソウル・インチョン経由というのが一番安かったのだが、それでも原油高と円安のダブルパンチで88000円ほどとちょっと前の倍近い値段であった。今回の目的は現地で銀行口座を開くことだけだったので、別にホテルはどこでもよく、場合によっては予約ナシで空港近くのモーテルにでも泊まろうかとも考えたが、ロスの空港はだだっ広くて不便なので結局インターネットで探して一泊89ドルの安ホテルを二泊予約して行った。

福岡からインチョンまではものの一時間、そこからロスアンジェルスまでが行きが10時間、帰りが12時間の長旅である。それでも去年の中華航空で台北から往復24時間に比べれば2時間も短いのだが、長旅であることに変わりはない。行きはなんだかんだでほとんど一睡も出来ないまま真ッ昼間のロスに到着。思っていたよりも大分涼しい。ホテルにチェックインしたのはまだ昼前だったが、飛行機の中で何も食べてなかったのでかなり空腹で、そのままレストランに直行。久々のサンデーブランチにありつく。中国人経営のレストランでのサンデーブランチはなかなかの豪華版で、大きなカニの脚やらエビ、イカなどのシーフード、ハムやサラダ、更にはシュウマイや焼ソバ、チャーハンなんてものまで食べ放題、シャペン飲み放題で税込み19.95ドル。なぜか20%割引でチップまで込みで20ドルジャストの大満足。

(この項続く)

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2006年5月 6日 (土)

買い物チャイナ☆どっとこむ開店

私の知り合いが中国の個人輸入お助けサイト「買い物チャイナ☆どっとこむ」を立ち上げました。北京に住んでいる日本人女性が、日本にいながらにして中国でのお買い物のお手伝いをしてくれます。お勧め商品も色々あるようですので、是非一度覗いてみてください。

http://www.kaimonochina.com/

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2006年3月 9日 (木)

インターネットで中国語

以前やっていた「IT中国語」ブログをUTF-8コードが使えるサイトに移し、簡体字を完全サポートして新たに「インターネットで中国語」というブログを始めました。主としてインターネット上で使われる中国語の語彙や実際に中国のインターネットバンキングを使ったり、ショッピングをしたり、といった体験談などを書いていきます。中国と中国のインターネットシーンにご興味がおありの方、是非遊びに来てください。お待ちしております。

http://itchinese.exblog.jp/

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2006年1月25日 (水)

上海旅行記

先日、1/4から3泊4日で上海に行ってきた旅行記をホームページにアップしました。ご興味がある方は読んでみてください。どうぞよろしくお願いします。

http://kagoshima.akira3.net/Shanghai2006.htm

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2006年1月11日 (水)

中国の銀行口座開設

以前に中国への送金という記事を書いたら結構読んでいただいているようなので、今回上海で銀行口座を開いてきたのでその経緯などをまとめておきたい。

今回開設したのは香港上海銀行、中国名は匯(実際にはサンズイが付く)豊銀行、通称HSBCの人民元普通口座。陸家嘴と呼ばれる、高層ビルが立ち並ぶ再開発地域にあるHSBCビルの一階にある上海分行に出向いた。普通の預金窓口が3つと、お客様係りの行員さんが4-5人の小さな支店だが、全員英語が喋れるし、日本語も多少通じる。というのもこのビルに入っているのはほとんどが日本を含む外資系企業で、そこで働いている人たちも外人が多いからだ。

新規で口座開設をしたい旨告げるとお客様係りの女性が応対してくれた。基本的に人民元口座と外貨口座があり、外貨口座を開設するには2000ドル必要、ということでとりあえず人民元口座にしたが、この口座、ATMカードはないし、海外への送金も、海外からの送金を受け取ることもできず、かろうじてインターネット・バンキングだけはできるという国内専用口座。入金、引き出しともに支店の窓口に行かないとできないという、なんとも不便な口座であるが、なにはともあれ今回は口座を開くことが目的なので開設を依頼する。必要書類はパスポートと現住所を証明する公的書類だけ。アメリカなどと違って漢字が通用するので、公共料金の領収書でもいいし、日本の免許証でもOK。多分保険証などでも通用すると思うが、公共料金の領収書でカタカナで名前が書いてあるものはNG。漢字が通用するのは楽である。

新規開設用の書類はほとんど行員の人がパソコンで打ってくれるのでいくつか質問に答えるだけ。日本のクレジットカードの申し込みみたいに結構プライベートなことまで聞かれるのはやはりまだ外人が口座を作るのが特殊なことなのだからか。全部でものの30分足らずで口座開設終了。日本のようにハンコというものはないから、引き出しも預金も口座番号と名前だけ。とりあえず日本円で15000円、人民元で約1000元ほど預けてきたが、この時は外貨の両替と人民元の入金を簡単に同時にでき、しかもものの2-3分で処理終了。窓口のお姉さんは愛想もいいし、仕事も速い。日本よりレベルは上なのではないだろうか。

まだインターネットバンキング用の書類その他が到着していないので日本からアクセスはしていないが、口座開設そのものはびっくりするほど簡単である。多分外貨預金の方も当初お金がいるだけで、手続きそのものは似たようなものだろう。資金に余裕があれば外貨預金を一つ持っていると何かと便利なのではなかろうか。

2007.07.19追記:その後この香港上海銀行がやたらに手数料が高いことが判明したので、2006年の暮れに上海に行った際に別途招商銀行に口座を開いてきた。その顛末はこちらに書いてあるが、この口座はインターネットバンキングほ駆使して現在でもかなり利用していることをご報告しておく。

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2006年1月 8日 (日)

帰国報告

昨日土曜日に上海より帰ってきた。留守の間にも大勢の方がこのブログを読みに来ていただいたようで、心から感謝したい。中国という国は日本の新年よりも旧正月のほうを盛大に祝うのと、普段は相当たくさんいる日本人の駐在員がお正月で日本に帰国しているため、何かとっても静かな上海であった。

21年ぶりということで、何が変わっているのか、変わっていないのか、というのが一番の関心事であったが、結論から言うと「何も変わってなかった」。もちろん高層ビルがやたらに立ち並び、デパートその他で売ってるものは種類も量も大幅に増えていたし、人々が着ているもの、ホテルの部屋やロビー、そして街そのものも以前に比べれば格段にきれいにはなっていたが、そこで暮らす中国人たちは何一つ変わっていない。車がやたらに増えてもクラクションをブーブー鳴らしながら走るのも変わらないし、昔自転車、今バイクがどこからでも出てきて危ないことこの上ないのも全然変わってないし、街も、ホテルの中も、あまり清潔でないのも昔と同じ。夜になると歩行者天国の南京路や主として外国人が泊まるホテルの周りにホームレスや怪しげな物売りが徘徊して、外人や金持ちと見るや群がってくるのは昔はなかったこと。いわゆる貧富の格差という奴なのだろうが、その大半が結構若い女性、というのもあれあれ、という感じ。

英語に関しては教育熱が物凄くて、小学生どころか幼稚園から子供たちに英語を習わせているという話を聞いた。日本で言う英検も盛んで、ある程度レベルの高い、外資系の仕事にありつくためには相当高いレベルの資格を取らないと難しいらしい。とにかく猫も杓子も英語と資格という感じで、ちょっと前の日本の教育フィーバーのもっと凄いのを見た気がする。

何人か日本語を喋れる若い人たちと話しをしたが、みんな独学だったのにはちょっとビックリ。もちろん多少なりとも日本語が喋れなければ日系の旅行者やレストランなどの仕事にはありつけないわけだが、それにしても彼らの熱心さは残念ながら今の日本にはない。今の日本で英語以外の外国語を独学で勉強して、その国の関係の仕事をしよう、なんて人はいるだろうか。成田空港の10倍はあろうかというとてつもなく広い浦東空港にしても、若い人たちの日本語にしても、まだまだいろんな意味で不完全であり、色々と問題はある。だけどこれがあと20年30年と続いたら日本は完全に中国に置いていかれるのではないか、そんな気がしてならなかった。

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2006年1月 3日 (火)

上海旅行

明日4日から7日まで中国は上海に行ってくる。前回中国に行ったのは1985年の春なので、実に21年ぶりということになる。昔は仕事の関係で年に何回も中国にいっていたが、ハイテク関係に仕事を変えてからは一度も行ってなかった。ここに来て中国の経済発展は目覚しく、数々の規制はあるもののインターネットもかなり普及してきた。ある程度生活に余裕ができて、個人の趣味にもお金をつかえるようになってきた中国は、私のように個人でインターネツトの商売をやっている人間にとってもマーケットの一つとして見えてきたので、ここらで一度今の中国の生の姿を肌で感じてこようかと思い立った次第。

昔散々行ってた頃は一回行くごとにとにビザが必要だったし、航空券も高かったが、今はビザナシのパック旅行で安いものがあり、気軽に行けるようになったこともある。なにしろ3泊4日ホテル、送迎付きで一人部屋追加料金を払っても7万でおつりがきた。しかも鹿児島から直行便があって僅か1時間ちょいで行けてしまう。東京に行くのでも3泊4日となれば5万くらいはかかるし、1時間半ほどのフライトであることを考えれば近くて格安、しかも海外旅行気分を味わえるのでいうことなし。昔から国内旅行よりも海外に行くことのほうが圧倒的に多かったが、鹿児島に引っ越してきてからは初めてになる。20年ぶりの上海は果たしてどんな街になっているのか、楽しみである。

そういうわけでここの書き込みも日曜日までお休み。帰ってきたらまた書いていくつもりであるので、どうぞよろしく。

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2005年12月23日 (金)

中国への送金

英語とは直接関係ない話題で恐縮だが、つい先日生まれて初めて中国への国際送金というものをやったので、もしかしたら何かの参考になるかも、ということでその記録を残しておきたい。

まずいくつか方法はあるのだが、やはり郵便局の口座宛送金、というのが一番手数料が安いし、アメリカ向けではイヤというほど実績があるので郵便局を選んだ。小さな地方局でも扱っているが、慣れていないのでできるだけ大きな本局のほうがいい、ということで今回は鹿児島中央郵便局からの送金。まずは国際送金申し込み用紙をもらう。口座宛用と住所宛用とあるので間違えないように。この申し込み用紙の記入が最大の難関である。なにしろ全て英語で書かなければならないのだが、今回の送金先は中国銀行の北京の田舎にある小さな支店で、日本の中国銀行に聞いてもわからないほど。受取人は日本人だったが、その人の住所も含めて、支店名からその支店の住所から全て英語で書け、と言われてもどうしようもないので、中国語のピンインをローマ字で書く。住所が長いと悲劇が待つてるし、第一その中に読めない漢字があったらどうするんだ。

幸いにして今回は読めない漢字はなく、住所もなんとか枠内に収まる程度の長さだったので、残る問題は相手方の支店名と銀行コード−これはスイフトコードと呼ばれている世界中の銀行に割り振られている国際的な記号のこと。ところが何分中国銀行の日本の支店でもわからないような小さな支店のこととて、支店名の英文表記を教えてくれと尋ねても「こっちじゃわからない、現地の支店に直接聞いてくれ」というつれない返事。これについては住所と同じく中国語のピンインで済ませたが、問題はスイフトコード。結果的にこういう小さな支店向けの場合は近くの大きな支店に一旦送ってそこから転送してくれる、ということがわかって北京支店のコードを記入することで一件落着。

本当に届くのかかなり心配であったが、3日後には現地の受取人さんから無事届いた、という連絡があってやれやれ。ちなみに中国の銀行システムは全て漢字でやっているそうなので今回の苦労の半分以上は解消されているということになる。日本の金融システムも早く漢字くらいサポートしてくれないものか。

なお中国への国際送金は米ドルしか送れないので、日本と中国と二回為替交換の手数料を取られる。その他こちらの送金手数料やら現地の銀行の手数料やら色々取られるので、あまり小さな金額では難しい。最低でも日本円で1万円以上というところか。

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2005年11月14日 (月)

カリフォルニアのスシ

以前カリフォルニアに住んでいた頃、日本から友人知人が来るとよくローカルのスシバーに連れて行った。「何もアメリカに来て寿司なんて」という人もいたが、「まあそういわずに」と結構強引にお誘いしたこともある。日本人だから、お寿司を良く知っている日本人だからこそカリフォルニアのスシとスシバーは是非体験してもらいたかったからである。

カリフォルニアに限らず、随分と全米あちこちでスシバーに行ったが、それはそれは楽しい経験であった。とても短い文章で書き切れるものではないが、一つだけ確かなことはアメリカの「スシバー」は日本の「寿司屋」とは別物であり、その雰囲気や出される食べ物もある意味、完全なアメリカンである。

カリフォルニアのスシというとアボカド、というイメージが強いが、新鮮な魚の種類が少ないアメリカではアボカド以外にも様々な野菜を使う。そしてニギリよりも巻物に面白いものが多く、どこのスシバーにも必ずあるスパイシーロールは一見、いや一食の価値がある。他にもキャタピラロールだの、レインボーロールだの、ペーグルロールだの、日本では絶対にお目にかかれないスペシャルロールはごまんとある。

ちなみにカリフォルニアロール発祥の地であるロスアンジェルスがやはり質量共に全米でナンバーワンなので、ロスアンジェルスにおでかけの際は是非一度そこらへんにあるローカルのスシバーに入ってみることをオススメする。ほとんど全ての店に日本人の板さんがいるので言葉の心配はないし、ファーストフードなんかより何百倍も楽しくておいしいこと間違いない。

追記: アメリカン・キッチンさまよりトラックバックをいだきましたので、こちらからもお返しいたします。さすがに元本職だけあってとてもおもしろくためになるブログです。是非行ってみてください。

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2005年10月27日 (木)

女性専用サービス

注:これは以前別のブログに書いたものです。

といっても痴漢よけの女性専用車両のことではなく、インターネットにも色々なサービスがある、というお話。Bedroom Bondageという金髪のモデルがやっている老舗のボンデージサイトがある。数あるボンデージサイトの中でもかなり古くからやっていて、日本人マニアも大勢訪れているらしい。ここで女性限定のTying/Photography Serviceというのをやっている。早い話が縛られてみたい女性に対して「あなたを縛り上げて写真を撮ってあげますよ」というもの。ロスアンジェルス郊外のサンフェルナンド・バレーにある、主宰者であるLoreleiの自宅兼スタジオでまずはランチ、そしてその後彼女の手によって緊縛・撮影というサービスで、1時間$150から$200程度でやってくれるようだ。

もう40歳を超えているとはいえ、金髪の美人モデルとランチ、その後緊縛されて、写真を撮られて、という男性でも喜びそうなサービスであるが残念ながら女性限定。デジカメで撮影した記録ディスクのオリジナルを渡してもらえるので流出の心配はないし、友達や彼氏の同伴も認められているなどの配慮もされている。ちなみに「撮影」とは英語でshootという。単なる名所巡りの観光ツアーにはもう飽きた、というOLさんやおミズのおねーサマがた、いかがですか?

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