帰国の途へ
昔馴染みの板さんがまだ健在であったウェストLAの寿司屋、、いやカリフォルニア式にスシバーは実は自分が以前住んでいたアパートからかなり近いことに今回初めて気づいた。なにせアパートから大通りに出たそのまん前にあるので、住んでいた頃にあったらさぞかし通っていたことだろう。板さんから聞いた話によるとその昔住んでいたアパート当たりもとても高くなっていて、軽く当時の倍くらいの家賃を取るらしい。円安でもあり、到底今すむことは出来そうもない。家賃だけでなく、ガソリンが高くなっているのにも呆れた。なにせ住んでいた当時はガロン1ドルちょっとだったので感覚的に日本の3分の1くらいだったのが、今じゃガロン3ドル以上なので日本と変わらない。というか場所によっては4ドル以上するところもあるらしいので、下手をすると日本より高いかもしれない。家賃やガソリンだけでなく、いろんなものが高くなって決して物価が安くて暮らしやすい国ではなくなってしまった。「給料はそんなに上がってないのにねえ」という板さんの言葉が全てのような気がする。ちなみにすし代は前と同じであったが。
まだ時間が早かったので、昔住んでいたアパートの前を通ってすぐ近くの日本人街に歩いていく。相変わらず静かで良さそうな環境ではあったが、昔と明らかに違うのは前はそこらじゅうにあったVascancyの看板をひとつも見かけなかったこと。家賃の相場もわからなかったし、それよりも何よりも部屋が空いていない。なんか変わってしまったなあ、と実感する。
変わったといえば住んでいた頃には毎日のように通っていた日本人街、ソーテルもすっかかり様変わりしていた。なんかやたらにきれいな店が増えて、昔ながらの古びた店、というのが姿を消している。日本に比べてアメリカは変化が遅い国だ、という思い込みはどうやら過去のものになってしまったらしい。それでも昔と変わらず開いていたバーで一杯だけ飲んで空港に向かう。まだ飛行機の時間には大分早かったのだが、あのテロ事件以降、アメリカの空港の混雑振りはハンパではないので、早めに行くにこしたことはない。そして実はこれが大正解で、空港に着いたときにはまだ大して人もいなくてすいすいとチェックインできたのが、その後ロビーのバーから眺めていたらチェックインカウンターの前は人、人、人でごった返して身動きもできないほど。実は後で知ったことなのだが、深夜の12時1時という時間帯にアジア方面への直行便が何便も飛んでいて、そのいずれもがジャンボクラスの飛行機一杯の客を運んでいる、という状況だったのだ。
他にすることもないのでバーのカウンターで飲んでいるとロビーのバーは10時45分で閉店だという。仕方なく待合室のほうに移動するとこれがまあハンパではない数の人間で溢れかえっている。ありがたいことに小さなバーがあったのでまた飲みに入ったら今度は12時閉店だという。おいおい、空港はまだまだ活動しているのに・・・ とぼやいても始まらない。隣に座っていたアメリカ人となんとなく話をしていたらその隣のアメリカ人女性も話しに加わってきた。これがアメリカの良い所。どうせお互い飛行機を待つ身でなにもすることがないから話は弾む。最初の彼は台湾、後から参加した女性は香港経由でタイまで行くという。それにしてもロスには4年も住んでいたし、それ以外にも何度も来たことがあるが深夜の空港がこんなに賑やかだとは知らなかった。それもアジア便がこんなに飛んでいるとは。ちなみに日本行きは一便もなく、当然のことながら日本人らしき、人影もない。
エピローグに続く
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